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東京地方裁判所 平成6年(カ)29号 判決

再審原告

佐野三義

右訴訟代理人弁護士

梶山正三

再審被告

加瀬正一

右訴訟代理人弁護士

大森典子

主文

一  再審原告の請求を棄却する。

二  再審費用は再審原告の負担とする。

事実及び理由

第一  再審の趣旨

1  東京地方裁判所が平成三年(レ)第五六号損害賠償請求控訴事件について平成三年九月三日言い渡した判決を取り消す。

2  被控訴人の請求を棄却する。

3  訴訟費用は、第一審、第二審及び本件再審とも再審被告の負担とする。

第二  事案の概要

一  本件は、交通事故に基づく損害の賠償を命じる判決を受け、右判決に対して控訴及び上告をしたが認められなかった者(再審原告)が、第一審の当事者尋問において相手方当事者(再審被告)が宣誓のうえ行った供述に虚偽があり、右虚偽の陳述が判決の証拠になったとして、確定した控訴審判決に民事訴訟法四二〇条一項七号及び同条二項後段に該当する再審事由があることを理由に右控訴審判決の再審を求めた事案である。

二  争いのない事実及び記録上明らかな事実等

1  本件交通事故の発生

(一) 日時 昭和六三年一一月二二日午後六時三〇分ころ

(二) 場所 東京都町田市小野路町一七五四番地先の丁字路交差点

(三) 関係車両

(1) 再審原告の運転する普通乗用自動車(多摩五八に四九〇〇)(以下、「再審原告車」という。)

(2) 再審被告の運転する普通乗用自動車(横浜五三る九二四三)(以下、「再審被告車」という。)

2  本件交通事故訴訟の経過

再審被告は、本件事故により人的及び物的損害を被ったとして、平成元年五月二五日、再審原告に対し、右損害賠償として九五万六八六〇円の支払を求める訴えを提起したところ、平成三年三月一四日、右請求に対し六三万六八六〇円の限度でこれを認容する第一審判決が言い渡された。再審原告はこれを不服として、平成三年四月八日、右判決の取消し及び再審被告の請求の棄却を求める旨の控訴をし、再審被告はこれに対し附帯控訴をしたところ、同年九月三日、右控訴及び附帯控訴をいずれも棄却する旨の控訴審判決が言い渡された。再審原告は、同月一六日、右控訴審判決の棄却を求める旨の上告をしたところ、平成四年二月二四日、右上告を棄却する旨の上告審判決が言い渡された。

3  過料の裁判の申立て

再審原告は、平成六年六月九日、再審被告が第一審の当事者尋問において宣誓のうえ虚偽の陳述をしたとして、民事訴訟法三三九条一項に基づき、八王子簡易裁判所に再審被告に対する過料の制裁を求める旨の申立てをしたが、同裁判所は、平成六年一〇月四日、再審原告及び再審被告に対して、職権を発動しない旨の通知をした。

三  争点

本件の争点は、本件再審の訴えが、民事訴訟法四二〇条二項後段及び同条一項七号に該当するかどうかであり、双方の主張は以下のとおりである。

1  再審原告の主張

(一) 民事訴訟法四二〇条二項後段の該当性

民事訴訟法四二〇条二項後段にいう、「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決若ハ過料ノ確定裁判ヲ得ルコト能ハサルトキ」とは、有罪の判決ないし過料の裁判がなされなかった場合でも、これらがなされた場合と同様に偽証ないし虚偽陳述の存在が認められる場合をいい、検察官が起訴猶予処分をなした場合もこれに当たると解されている。とすれば、過料の裁判の申立てに対し、裁判所が虚偽の陳述の存在を認めながら、過料に処するまでもないと判断した場合も、同条同項後段に該当すると解するべきである。そこで本件についてこれを見るに、再審原告の過料の裁判の申立てに対し、裁判所は、過料には処さないこととした旨の通知をしたのみであるから、虚偽の陳述の有無及び虚偽の陳述があるとした場合の過料に処することの適否について、裁判所がどのような判断をしたのかは一切不明であるところ、本件においては再審被告が虚偽の陳述をしたという明白な証拠があるのであるから(乙七ないし九)、再審原告が過料の裁判を得られなかったのは、裁判所が虚偽の陳述を認めながら過料に処するまでもないと判断したからであり、証拠欠缺外の事由に基づくものであるから、本件再審の訴えは、同条同項後段に該当する。

(二) 民事訴訟法四二〇条一項七号に定める再審事由の有無

再審被告は、平成二年一〇月四日、本件交通事故訴訟の第一審の法廷において、宣誓のうえ、本件事故の態様が、再審原告車の再審被告車への追突であること、及び、本件事故によって再審被告が頸椎捻挫の傷害を負ったことを供述したが、右陳述がいずれも虚偽であることは鑑定書(乙七ないし九)により明らかであり、右陳述は判決の証拠とされたから、本件再審の訴えは、民事訴訟法四二〇条一項七号にいう、「宣誓シタル当事者ノ虚偽ノ陳述カ判決ノ証拠ト為リタルトキ」に当たる。

2  再審被告の主張

(一) 民事訴訟法四二〇条二項後段の該当性

民事訴訟法四二〇条二項後段にいう「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決若ハ過料ノ確定裁判ヲ得ルコト能ハサルトキ」とは、再審原告が主張するような、有罪の判決ないし過料の裁判がなされなかった場合でも、これらがなされた場合と同様に偽証ないし虚偽陳述の存在が認められる場合では足りず、有罪の確定判決がある場合と同視できるほどに客観的に明らかな虚偽陳述の証拠がある場合をいう。そして、過料に付さない旨の通知がされた場合には、起訴猶予処分がされた場合のように有罪の事実はあるが不起訴にする場合とは異なり、虚偽の陳述はあったが制裁を加えないことを必ずしも意味するのではないから、再審を提起しようとする当事者は、証拠欠缺以外の理由によって過料の確定裁判を受けることができないことを立証しなければならない。

そこで本件についてこれを見るに、再審原告による過料の申立に対し、裁判所は、再審被告が虚偽陳述をしたことの証拠として再審原告が主張する鑑定書(乙7ないし九)も含め、一切の証拠を検討した結果、同人に対する過料の制裁を付さない旨決定したのであるから、右判断は、虚偽の陳述の存在を認めながら過料に処するまでもないとした判断ではなく、むしろ、再審原告の主張が証拠上認められないとの判断である。また、右鑑定は、その推論の基礎となっている鑑定資料に客観性がないなど、科学的鑑定とはいえず、本件は有罪の確定判決がある場合と同視できるほどに客観的に明らかな虚偽陳述の証拠がある場合とはいえない。したがって、本件再審の訴えは、同条同項後段の要件を充足せず、不適法として却下すべきである。

(二) 民事訴訟法四二〇条一項七号に定める再審事由の有無

再審原告が、再審被告による虚偽の陳述の証拠として主張する鑑定書は(乙七ないし九)、その推論の基礎となってる鑑定資料に客観性がないなど、科学的鑑定とはいえず、再審被告が虚偽の供述をしたことを立証しているとはいえないから、本件再審の訴えは、民事訴訟法四二〇条一項七号に定める再審事由がない。

四  争点に対する判断

1 先ず、本件再審の訴えが、民事訴訟法四二〇条二項後段に該当するかどうかにつき判断する。同条同項後段にいう「証拠欠缺外ノ理由ニ因リ有罪ノ確定判決若ハ過料ノ確定裁判ヲ得ルコト能ハサルトキ」とは、意思能力を欠き犯罪とならない場合、刑事被疑者又は被告人の死亡、所在不明、公訴時効の完成もしくは大赦等の事実が存在する場合など、有罪となるべき事実ないし過料の制裁が加えられるべき事実が存在することが明らかであるにもかかわらず、右のような事情で有罪判決ないし過料の裁判を得ることができなかった場合をいうと解される。検察官が、犯罪の証拠はあるが諸般の事情を考慮して起訴猶予処分にした場合も、有罪となるべき事実はあるが起訴猶予処分にされたことによって有罪判決を得ることができなくなったといえるから、同条同項後段に該当する。

ところで、本件においては、再審原告が、再審被告の虚偽の陳述について過料の裁判を申し立てたところ、職権を発動しない旨の判断がされていることは、当事者間に争いがない。そして、過料の裁判の申立てがされた場合において、裁判所が虚偽の陳述があったと判断したときに、過料の制裁を課すべきかどうかは、当該陳述の重要性、虚偽の程度、判決に及ぼす影響等を総合考慮して、裁判所がその裁量により決すべき事柄である。とすれば、再審原告による過料の裁判の申立てに対して、職権を発動しない旨の裁判所の右判断は、虚偽の陳述の事実それ自体が存しないという趣旨であるのか、それとも虚偽の陳述の事実は存するが、諸般の事情から過料の裁判をしないという趣旨であるのかが明らかでないということになる。

そこで、本件過料の裁判が前者、すなわち刑事手続における無罪又は嫌疑不十分の趣旨であったとすれば、本件再審の訴えは、民事訴訟法四二〇条二項後段の要件を欠き不適法となり、同条一項七号所定の再審事由についてはその有無の判断に立ち入るまでもなく、却下を免れないこととなる。他方、後者の趣旨であったとすれば、検察官による起訴猶予処分がなされた場合と同様に、過料の制裁を課されるべき事実はあるが、職権を発動しない旨の判断がされたことにより、過料の裁判を得ることができなくなったといえるから、本条項に該当し、同条一項七号所定の再審事由の有無についての判断に入るべきこととなる。

このように、過料の裁判の申立てに対し、単に職権を発動しない旨の判断のみがされた場合には、再審の裁判において、その取扱いに疑義が生じること、及び再審の濫訴防止の見地からは、過料裁判所は、再審の裁判を目的として過料の裁判の申立てがされた場合において、職権発動しない旨を判断するときは、刑事裁判における無罪又は嫌疑不十分の趣旨でそのような判断をしたのか、又は起訴猶予の趣旨でそのような判断をしたのかを明示することが望ましいということができるが、本件のようにこの点が明確でない場合には、再審裁判所としては、民事訴訟法四二〇条二項後段の要件を満たしたものとして、同条一項七号に定める再審事由の有無について判断する他はない。この場合、再審裁判所が右「職権発動しない」旨の趣旨が前示のいずれに該当するかを判断し、無罪又は嫌疑不十分の趣旨と認定した場合は当該再審請求を同条二項後段の要件を満たさないものとして却下することが考えられないわけではないが、そのように解した場合、再審裁判所は、過料裁判所の管轄権をそのまま行使した結果にもなりかねないし、右判断のためには、同条一項七号に定める再審事由の有無そのものを判断することとなるので、当該再審請求の本案判断をするほうが、終局的な解決となり、前示の取扱いをするのがより適しているからである。

2  再審原告は、再審被告による虚偽の陳述として、第一に、実際には本件事故の様態は再審被告車による再審原告車に対する逆突の事案であるにもかかわらず、再審被告は、再審原告車による再審被告車に対する追突の事案である旨供述したこと、第二に、実際には再審被告は本件交通事故によって頸椎捻挫の傷害を被ってはいないのに、これを被った旨供述したことの二点を主張し、右各供述が虚偽であることを証明するものとして、同一の鑑定人の作成にかかる鑑定書三通(第一点につき乙七及び九、第二点につき乙八)を挙げる。

しかしながら、第一点について見れば、乙七及び九の各鑑定書は、事故後に再審原告が再現した事故直後の再審原告車の写真を基礎資料の一部として本件交通事故の態様を推論しているが、右写真は再審原告の記憶のみに基づいて再現されたものであり、必ずしも正確に事故後の状況を再現しているかどうかは疑問なしとは言えない。現に、甲四九、五〇によれば、再審原告車は、本件事故により、フロント・バンパー、グリルフェンダー、左フロントフェンダー、左前部方向指示器等に損傷を受け、これらに対して交換等の修理を施していることが認められるが、右損傷は右再現写真に再現されていない。この点、再審原告は、右鑑定書中に、再審原告車の左前部の損傷を明確に認める記述があるから、右事実をも前提として鑑定がなされている旨主張する。しかしながら、乙九の鑑定書は衝突実験を行ったうえ、その結果の両車両の変形状況と、事故後の再審被告車の写真(乙九の鑑定書中の写真2)及び再審原告車についての右再現写真(乙九の鑑定書中の写真1)とを照らし合わせた結果、再審被告車が停止している再審原告車に大きな角度で衝突したと仮定した場合の実験結果と、右写真1及び2とが良く符合するとして、本件交通事故が右のような態様で生じたとの結論を出しているところ、右実験後の再審原告車は、右写真1には類似しているものの、前述の写真1には再現されていない前記左前部の損傷が認められないのである。にもかかわらず、乙九の鑑定書は、右実験結果と右写真1及び2が良く符合するから、本件事故の態様は再審被告車が停止している再審原告車に大きな角度で衝突した場合であるとの結論に安易に至っているのであって、鑑定の前提となる基礎資料の正確性に問題があると言わざるを得ない。

むしろ、乙九の鑑定書中の写真を素直に見れば、再審原告車の右認定にかかる修理を必要とする事故後の状態は、同鑑定書中の写真6と符合し、また、再審被告車については、同鑑定書も認めるとおり写真2と同7が類似するのであって、このことから、同鑑定書にいう再審原告車が約一五度の角度で再審被告車に衝突したとの実験の結果も、本件事故の結果と合致すると評価をすることが可能である。したがって、乙七及び九の各鑑定書は、本件事故の態様を解明するための決定的な資料ということができない。さらに、再審原告は、本人尋問において、事故直後の警察官への説明に当たり、再審被告車が後進してきたとは説明していないと供述しており(同調書九五項)、また、甲一九、二〇、四〇、四一によれば、再審原告は、事故直後に警察官に対して自分の方から追突したことを認め、また、自己の保険会社に対して同様の説明をしていることが認められるのであって、これら再審原告の供述状況や、本件全証拠によっても再審被告車が後進すべき理由を見出し得ないことに照らしても、乙七及び九の鑑定書が結論とする、再審被告車が約四五度の角度で後退して再審原告車に衝突したとの結論は採用することができない。

次に、第二点について見れば、乙八の鑑定書は、再審原告車と再審被告車が衝突したときの速度と、そのとき再審被告車に生じた衝撃加速度を鑑定し、その結果に基づいて再審被告の頸部に傷害が生じるかどうかを鑑定しているところ、右衝突時の速度の鑑定に当たっては、両車両の変形、破損状況を重要な基礎資料とし、再審被告車の変形、破損の程度としては、リヤー・バンパーの屈曲が生じた程度であり、リヤー・コンビネーションランプ等の破損もないことを前提とする。しかしながら、再審被告車はそのトランクに歪みが生じ、エンドパネルが凹損したため(甲四〇)、リヤー・バンパーのほかトランクリット、エンドパネル、ライセンスプレートランプ等の取り替えを行っているのであるにもかかわらず、このような事実は右鑑定において考慮されていない(甲一〇、一一)。また、再審原告車については、右鑑定書は、フロント・バンパーの横移動が観察されるとするのみであって、左側面部のフロント・フェンダー等の変形、破損はないとするが、前認定のとおり、再審原告車は、本件事故によりフロント・バンパー、フロント・グリル、フロント・フェンダー等に損傷を被ったのであり、衝突時の速度に関する右鑑定は、その前提となる基礎資料に正確性に欠ける点があるものといわざるを得ない。したがって、右衝突時の速度を前提とする再審被告車の衝撃加速度、さらに本件事故による再審被告の頸椎捻挫の可能性についての結論も、採用することができない。このように乙七ないし九の各鑑定書の結論は採用することができず、これらの鑑定書の結論を根拠として再審被告の供述が虚偽であるとする再審原告の主張は理由がなく、また、本件訴訟記録を精査検討しても、再審被告の右各供述が虚偽であることを認めるに足りる証拠はない。したがって、本件再審の訴えは、民事訴訟法四二〇条一項七号所定の再審事由を具備しないというべきである。

3  以上からすれば、本件再審の訴えは、民事訴訟法四二〇条一項七号の事由が認められないからこれを棄却することとし、再審費用について民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官南敏文 裁判官竹内純一 裁判官波多江久美子)

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